また 負けた


「くそっ…! 何でだ…なんで勝てない…」

自信はある
調子も完璧だ
なのにどうして
俺に何が足りない…?


イラつきは晴れないまま
俺は走っていた


「次は絶対… おぼえてろ
 
 猪狩!」

「わっ ビックリした
 呼んだ?」
「え?!」


いつからいたのか
まったく気付かなかった




「ははっ やっぱり兄さんのことだったんだね」
「え…まぁ…」

いつから後ろを走っていたのか
その質問に「ついさっき」と一言
それからすまなそうに笑って言った
今は俺のペースに合わせて少し後ろを走っている

「今日は惜しかったね 兄さんも今日は調子が良かったから」
「いえ 俺の力不足です」
「だからランニング?」
「猪狩さんこそ」
「僕はもう上がりだけどね」

ダウンにしては俺のペースは速いだろうと
ちょっとスピードを落としてしまった
バレないように少しずつ


もう終わりだからと足をとめたその人に
何故だかつられて 俺も足が止まってしまった
ペースを緩めたせいで息はあがってない
でも心音はそのまま走り続けていた

「猪狩さん」

練習場の外へ向かって歩いていくその人は
もう 少し離れた位置にいて
聞こえるか聞こえないか そんな声で呼び止めていた
もし止まったら聞きたいことがあって

すると その人は振り返りながら笑っていた

「それは僕のこと? それともまた兄さん?」





なんだ 俺の心臓
だんだん速くなってないか

「今度は兄貴の方じゃないですよ」
「ややこしいから 僕のことは進でいいよ
 猪狩って言うと大抵は兄さんのことだから」

そう言って笑った顔が 一瞬曇って見えたのは
俺の気のせいだろうか

「聞きたいことがあるんだ
 …俺に 何が足りないか」
「足りない?」

アンタならわかるだろ?
何年もアイツの球を受けてきたんだ
打ち崩すのくらい アンタなら…
らしくないことを思っていた
それだけ切羽詰っているらしい
その人は困った顔をして ふと気付いたように顔をあげた

「…高校のときにも君みたいに兄さんに挑戦してくる人がいてね」
「…?」
「兄さん あんな性格だから挑発に簡単に乗っちゃうし
 大体一度負けた人にはもう興味持たないんだけどね
 一人 会うたびに勝負だって言ってくる人がいて…」
「それがどうしたんですか」

遠くを見てわけのわからない話をするその人に
ちょっとイラついていたのかも知れない
自分の声が荒い
こっちを見ろよ 話しの相手は俺じゃないのか?

「その人だけは 何度負かしても相手するんだ
 しかも全力なんだよ? 自分では練習にもならないとか言ってたけど」
「だから それが何の…!」

ヤバイ
自分で聞いたのに もう話してほしくないなんて
それに なんでおさまらないんだ 俺の心臓は

「知ってる? 兄さんは自分の認めた人しか相手にしないんだよ」
「…え?」
「そうじゃなかったら 練習の球数削ってまで君に投げたりしないじゃないか」
「認めた… 俺を…?」
「だから 自分のダメなところは自分で見つけないとね
 そのために兄さんは投げてるんだよ
 …待ってるんだ 君が追いついてくるのを 
 いつも一歩前にいることでね …まだ一歩以上かな?」

やっとこっちを見たその顔は
さっきと違っていつもの笑顔だった
なんなんだ この人は
でも…

「…一歩じゃないっスよ
 その半分です 
 あんなやつ すぐに追い抜いてやる」
「あははっ あんなやつって 兄さん聞いたら怒るよ?」
「大丈夫です 俺のほうが上に立てば何の問題もないでしょ」
「君も言うね なんだか楽しみだな」

口に手をあてて本当に楽しそうに笑うその姿に
なんだかほっとしていた

「進さん」
「何?」
「色々とスミマセンでした」
「何も謝られるようなことは言われてないよ?」
「…いえ なんとなく」

何がおかしかったのか また笑い出した
らしくないことを言ったからだろうか
無理しないようにというとその人はまた歩き出した
数歩歩いて立ち止まり 顔だけ振り向いて

「そうだ さっきのランニング
 僕はもっと速いペースだよ
 それじゃトレーニングにはならないんじゃない?」
「あれは…」
「じゃあね お疲れ
 友沢」
「…」


気がつけば 俺はグラウンドに一人だった

「バレてたのか…」


今日はおかしい
また負けたからだろうか
何もしていないのに心臓がバクバクいってる
それに
顔が熱いのは なんでだ…?



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