「どうした進?」
「あの 僕ちょっと…
 皆さん先に行ってください」

皆バラバラにお疲れと言って
ロッカールームに帰っていった

グラウンドに彼の姿がなかったら 僕だって帰ってた
ここからは少し遠かったけど 見間違うわけない
…今日のはこたえたのかな
フォローしておかないと そう思って走っていた

「猪狩!」

突然大声で名前を呼ばれた
…たぶん僕のことじゃない でも

「わっ ビックリした
 呼んだ?」
「え?!」


その時にはもう すぐ後ろにいて
近づいた僕に気付いてなかったみたいだ
声かける手間が省けた …なんて





猪狩
その名で呼ばれるべきなのは 僕じゃない

「ははっ やっぱり兄さんのことだったんだね」
「え…まぁ…」

振り返りながらあせった様子でいつからいたのか聞かれた
「ついさっき」 苦笑しながら答えていた
なんだか並んで走ったら僕のペースに合わさせてしまうような気がして
少し後ろでついていくことにした

「今日は惜しかったね 兄さんも今日は調子が良かったから」
「いえ 俺の力不足です」
「だからランニング?」
「猪狩さんこそ」
「僕はもう上がりだけどね」

よっぽど悔しかったんだな 
普段から練習熱心だけど それがなんだか急ぎすぎているように思える
それにしても トレーニングにしてはこのペースは…


思ったよりも落ち込んでるとか そういうわけでもないみたいだ
僕はもう終わりだからとゆっくり止まった
そのまま僕はロッカールームの方角へ歩きだした

「猪狩さん」

かすかに呼ばれた気がして振り返ってみると 彼は少し離れた位置にいた
走っていくだろうと思ったけど 少し遅れて走るのをやめてしまったらしい
汗一つかいていない 真剣な目でこっちに向き直っていた
猪狩…か ちょっとからかってみようか
そう思うと 自然と笑ってしまった
まるで悪戯を考え付いた子供みたいに


「それは僕のこと? それともまた兄さん?」






どんな反応をするだろう なんて 
僕もまだまだ子供なんだ そう思っていた

「今度は兄貴の方じゃないですよ」

予想ははずれて あの真剣な瞳のまま返してきた
ちょっとビックリした

「ややこしいから 僕のことは進でいいよ
 猪狩って言うと大抵は兄さんのことだから」

自分でいうとなんだか辛くなるのはどうしてだろう
この傷みはさっきの罰だろうか
…悟られていないといいけど

「聞きたいことがあるんだ
 …俺に 何が足りないか」
「足りない?」

思わぬことを聞かれて 首をかしげた
君らしくないよ そんなに何をあせっているの
ココロに浮かんだその言葉は 口にまで達することなく消えていった
どうしようか そう悩んでいると 
なぜだか昔のことが頭に浮かんだ 
もう何年経つだろう

「…高校のときにも君みたいに兄さんに挑戦してくる人がいてね」
「…?」
「兄さん あんな性格だから挑発に簡単に乗っちゃうし
 大体一度負けた人にはもう興味持たないんだけどね
 一人 会うたびに勝負だって言ってくる人がいて…」
「それがどうしたんですか」

沈み始めた太陽を見て 話を続けた
話を遠まわしにしすぎたかな ちょっと怒らせてしまったみたいだ
…何故だろう 目を見て話せないなんて

「その人だけは 何度負かしても相手するんだ
 しかも全力なんだよ? 自分では練習にもならないとか言ってたけど」
「だから それが何の…!」

いつもの余裕はどうしたんだろう
それとも 今の君が本物なの?
どちらにしても 君は君なのに
安心させようとしたのか 僕は笑って彼の目を見ていた

「知ってる? 兄さんは自分の認めた人しか相手にしないんだよ」
「…え?」
「そうじゃなかったら 練習の球数削ってまで君に投げたりしないじゃないか」
「認めた… 俺を…?」
「だから 自分のダメなところは自分で見つけないとね
 そのために兄さんは投げてるんだよ
 …待ってるんだ 君が追いついてくるのを 
 いつも一歩前にいることでね …まだ一歩以上かな?」

そう 君は認められてる 兄さんに
あせる必要なんてどこにもないと 伝えたかった

「…一歩じゃないっスよ
 その半分です 
 あんなやつ すぐに追い抜いてやる」
「あははっ あんなやつって 兄さん聞いたら怒るよ?」
「大丈夫です 俺のほうが上に立てば何の問題もないでしょ」
「君も言うね なんだか楽しみだな」

雰囲気が変わった いや 戻ったんだ
いつもの彼に
それにしても 凄いこと言うな なんだか面白い


「進さん」

一瞬 呼吸が止まった気がした
…気付かれなかっただろうか

「何?」
「色々とスミマセンでした」
「何も謝られるようなことは言われてないよ?」
「…いえ なんとなく」

素直な君もらしくない 
また笑ってしまった 失礼なことしたなと 自分でも思う

無理しないでとだけ言って帰ろうとした
その時 ふとさっきのランニングのことを思い出した
無理するなといった後なのに

「そうだ さっきのランニング
 僕はもっと速いペースだよ
 それじゃトレーニングにはならないんじゃない?」
「あれは…」
「じゃあね お疲れ
 友沢」
「…」


僕はロッカールームに戻っていった


「甘く見られてるかな 僕」


あのペースが僕に合わされていたのなら
そんなことを考えていた
それより 名前を呼ばれてあんなに息が詰まったのは初めてだ
これも からかった罰なんだろうか



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