桜はもう満開に近い
でも冷たい風が容赦なく花を揺らす

「…」

花見に来るつもりじゃなかった
ちょっと外に出てみようと思っただけで

「…もう こんな季節だったのか」

追われるように過ごしてきた日々が
何も感じさせないほど周りをシャットアウトしていたことに気付いて
少し後悔した

「一年は早いな」
「またそんなこと言って 年取った証拠ですよ?」
「なっ! お前… 帰ってたのか」
「はい …でも今日の最終便で戻ります
 それより! 一人でお花見するつもりなんですか?」

不意に顔を覗き込まれて思わず足をとめた
変わらない笑顔がそこにある

「花見に来たんじゃない
 お前こそ母さん達のところに…」
「ふふっ そういうと思ってました 
 行きましたよ そしたら兄さんが出かけたって言うから…
 まさかこんなところで一人黄昏てるなんて思っても見ませんでしたけど」
「笑うな! 誰が黄昏てるんだ 誰が!」
「あははっ ごめん兄さん」 
「まったく… っ!」
「わっ!」

今ままでおさまっていた風がまた勢いを増して
桜を巻き込んで吹き抜けていく

「それにしてもまだ寒いですね
 もう春なのに」
「お前が薄着だからだろう これでもしていろ」
「あ…ありがとうございます
 兄さんこそ 春なのにマフラーなんておかしいですよ」
「最近急に寒くなったからだ いつもしてるわけじゃないよ」
「でも取っちゃったら意味ないですよ」

そう言って笑いながら自分の首にマフラーを巻いて
服に合わないと また笑った
涼しくなった首元に手を当ててみる

「…やっぱり返しましょうか?」
「あ いや いいよ
 それより手も冷えてるんじゃないか?」
「兄さんは心配しすぎですよ
 僕ももう子供じゃないんだから 大丈夫ですよ」
「そうか」

そんな話をしながら桜の下を歩いていた
こんなに心地いい時間はどれくらいぶりだろう

「そうだ! 歩いてないでお花見しようよ兄さん 
 コンビニでビールでも買って… 公園の方がいいですね」
「この寒い日にか?
 風邪でも引いたらどうす…」
「ちょっとくらいいいじゃないですか
 まだ満開じゃないけど十分ですよ
 それに…」
「?」
「満開のころには 僕は海の向こうですから」
「…」

そうか… この暖かさはお前がいるからだ
そう思うと 自然と口が綻ぶ

「しかたないな 少しだけだ
 飲み終わったら家に帰ってまた母さん達に挨拶していけよ」
「はい わかってますよ」
「それから」
「それから?」
「たまには連絡くらい入れろ 
 それができないなら俺がアメリカから連れ戻すからな」
「ははっ わかってますよ
 ホントに兄さん連れ戻しにきそうですからね」
「当然だ」

それから近くのコンビニに向かって進路を変えた
いつしか風もやわらいで太陽の光が暖かく感じる

つぼみの花はいつ咲くだろう



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