暁の王国  1





日も傾き始めたころ
薄暗い森の中に木を切り倒す斧の音だけが響いていた
バサバサ と人が腕を回して余るくらいの木が
音を立てて倒れる
騒がしく鳥が飛び立っていくのを見上げて
一息ついたきこりは斧を近くの木に立てかけた
予想以上に時間を費やしてしまったため
これ以上の作業は明日にしようと
それ以前に切り倒した木々をまとめ始める
近くにある小屋のための薪だ

作業を終えるとあたりはすっかり暗くなっていた
手持ちのランプに火を灯すと
きこりは荷物を背負い小屋へ向かって歩き出す
すると先ほどまで静かだった森が少し騒ぎ始める音を聞いた

「何だ?」

きこりが振り返り 見えない森をランプで照らした
馬の蹄の音がする
その音が近くなるにつれ ゆっくりとしたものになった
やがて 音がやむころにそれはランプで照らせるあたりまで来て止まった
上には人影が見える

「こんばんわ 君 この辺の人かな?」
「…あんたは?」

聞こえてきたのは少し高めの青年の声
きこりは不審そうに声を出した
正直声を発した自分もその低さに驚いたくらいだ
それも仕方が無いと思った
ランプで照らせる範囲には装飾をつけた白く立派な馬は見えるが
その上の人までは届いていないからだ
「ごめんね」という言葉の後に
馬の隣に羽織ったマントを翻して青年が降り立った
まだ幼さの残る顔立ちで 長めの髪をひとつに束ねている
困ったような笑顔で白馬を引き ゆっくり近づいてくる
とても絵になると思った

「途中で仲間とはぐれてしまって…よかったら道を教えてもらえないかな」

初対面にしては馴れ馴れしい口ぶりだとも思ったが
自分もそんなものかと思い直し
ランプを顔を照らすように持ち上げた

「今からどこに行こうとしてる?」
「この先の…いや 森を抜ける道を教えてくれればいいんだけど」
「人が歩いて半日はかかると思うが」
「この子がいるよ」

白馬をなでながらにこやかに笑われた
が 灯りもなしでどうこの暗闇を抜けようというのだろう
笑顔で思考が読めないのか そもそも何も考えていないのかと
そんなことを思っていたが
論点がずれる前に忠告しておこうと思考を戻した

「この暗闇じゃ何が出るかわからない
急ぎなのか?」
「え? そうでもないけど どうして?」
「朝になるまでなら宿を貸してもいい」
「君 宿屋さん?」
「いや そうじゃないけど…」
「そう」
「飯と寝るところくらいは何とかなる」
「お邪魔じゃない?」
「どうせ俺一人だから」
「寂しくない?」
「は?」
「一人って寂しくない?」
「何の話…」
「僕 はぐれてから一人きりで寂しかったんだ
 だから君もそうなのかなと思って」
「な…」

反論しようとしたところに白馬が自らを主張するように身震いすると
「お前がいたね」と青年は白馬に謝った
会話が成立していない気がして頭が痛くなってくる
見たところ上流階級の兵隊みたいだが
金持ちはこんな天然に話が通じないのかと
眉間にしわを寄せていた

「朝日が昇るまでお邪魔させてもらっていいのかな?」
「え? あぁ まぁ」
「ありがとう きこりさん」

荷物から察したらしいその兵隊は笑顔で言った
僕は何も要らないからこの子にお水を と付け足して
金持ちの割には贅沢しないのかと妙に感心したのを憶えている



それから俺たちは小屋への道を歩き出した





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パチン と暖炉の火が跳ねた
きこりの青年は湯気のたつスープの入ったカップをテーブルに着く客人の前に置きながら
自らもその向かいの椅子に座る
「ありがとう」と笑ってカップに口をつける姿を見てふと思う

「脱いだらどうだ それ」
「え?」

羽織ったままのマントをさして言う
寒いのかと思って少し多めに薪はくべたつもりだ

「あぁ…これは」
「寒いならもっと火を…」
「いや 違うんだ
 …そうだね 失礼だよね せっかくお邪魔させてもらってるのに」
「そういうわけじゃ…」

申し訳なさそうに目線を合わされた後
首元に結んであったリボンを緩めてマントを脱ぐと
やはり上流階級らしい服装で 
はじめてみる自分と身分の違う人間にすこし戸惑った
こんな小屋に案内するべきじゃなかったんだろうか
目がそらせないでいると「どうかした?」と不思議そうな声がかえってくる
なんでもないと自分のカップを取ろうとしたとき
軍服の胸元に見たことのある紋章があった

「あんた…城のお偉いさんか?」
「え? まぁ そんなところかな
 街の治安調査の帰りだったんだけどね」

まさか森を抜けられなくなるなんて と恥ずかしそうに笑う
よく笑う人だ

「君は? ご家族はいるの?」
「あ…あぁ 山をひとつ越えたところに」
「じゃあ 君は出稼ぎ…っていうやつかな」
「そうだ」
「えらいね」
「別に…」

よくしゃべる人でもあるらしい
最近人に会っていなかったのでこんなに話すのも久しぶりだ
それに 悪い気はしない
飲み終えたらしいカップを見ておかわりはと問うと 少しと返事がくる
金持ちはこんな庶民の口にするものなんてバカにするかと思っていたが
どうやらそんな気はまったく無いらしい
興味深そうにあたりを見回している

「すまない 狭苦しくて」
「そんなことないよ 僕は好きだよ」
「は…?」
「街の人たちの暮らしも 自由で とても素敵だと思う」
「この国は とても平和だから」
「そういってくれると嬉しいよ」

なんだろう…その笑顔を見ると安心する気がする
またカップを差し出すと 「これおいしいね」と言われた
こっちが照れくさい
そう広くは無い部屋の一角に何か気になるものがあったらしく
そちらを見て動きが止まった

「君は本が好きなの?」
「いや 文字はあまり読めない」
「でも すごい本の量だね
 見たところ みんな剣術書のようだけど…」
「それは…独学で 自衛にでもと…」
「そう? 僕には今の仕事よりもっと
 お金になる仕事に尽きたいと思ってるように感じるけど
 …たとえば 兵隊とか」
「それは…」
「君は優しいね」
「何を…!」

見透かされたように言われて手が震えた
なんなんだこいつは 何様のつもりだ
それでもそんな優しい顔をして
こっちがどうしたらいいかわからなくなる

「ご家族のためなんでしょう? お金がいるの?」
「…母が病気がちで もう少しいい薬でも買ってやれればと…」
「そう それで…
 でも あまり感心しないな 兵隊なんてなるものじゃないよ
 いくらこの国が平和でも それは今だけかもしれない」
「それでも!」
「もし軍が駆り出されて 万が一帰ってこれなかったら
 ご家族は…お母様は悲しむよ」
「…たとえそうだとしても 俺は母さんを助けてやりたい」

はじめて見せた悲しみと不安に満ちた目を見返す
しばらくそうしていると向こうが折れたのか小さくため息をついて目を閉じた

「明後日ね 城で王族直属の側近権騎士を決めるテストがあるんだ 知ってる?」
「いや…」
「身分は問わない 実力主義のテストだ
 君 剣の腕はどれくらいかわかる?」
「さぁ…手合わせは したこと無いから…剣も模造品しか持っていないし」
「そう…でも 出る気はある?」
「あ…」

正直 不安だった 自信も無い けど
その目に惹かれたんだ
さっきとは違う 強くて まっすぐで キレイな眼

「ある 出たい」
「よかった… じゃあ これ 君にあげるよ」
「それは…!」

腰につけていた銀の剣を差し出しながら 使ってと笑顔を作る
柄にはいくつかの宝石の装飾
俺なんかがもらっていい代物じゃないと思った
両腕が拒むように動かない

「そんな高価な…もらえるわけない!」
「剣がないと出られないでしょう?
 これは宿代ってことで どうかな」
「割に合わないだろう!」
「何をそんなに怒ってるの? 僕が良いんだからもらってくれないかな」
「でも…」

それでも拒んでいると 困ったというように眉をまげて
考え込んでしまった
しばらくして 何か思い立ったのだろう
明るい顔をして向き直る

「じゃあ 貸してあげる これでどうかな?」
「貸す?」
「そう そしてもし テストをパスできなかったら返してもらう
 合格したら もらってくれる?」
「合格…したら…」
「うん 合格の記念に」

君ならできそうだものと手をとって渡された剣は
今まで使ってきた斧よりも重い気がした













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