これは 俺自身への
ケジメだ
「どうして 猪狩さんと別の道を進んだんですか」
「え?」
今頃どうしてだろう
マウンドに立つあの人を見るたび
その球を受けるあなたを見るたび
思い出す
あの感触
「あの時は 僕もまだ考え方が子供だったんだよ
兄さんに嫉妬してたんだ」
「それだけですか」
「それだけって…?」
「神童さんの球を 捕ってみたかったからじゃないんですか」
もう俺には関係ないはずの
あの感触
後悔はしていないはずだった
自分のために
自分を目指してくれた あいつのために
精一杯のことをしたのだから
でも あの人の投げる姿は
試合のたびに思い出させる
あの感触
そして その球を受ける貴方を見るたび
また投げられるんじゃないかと
錯覚させる
俺の腕はもう
あのマウンドには必要無いというのに
わかっているのに 惹かれてしまう
これは俺の
投手へのケジメ
「俺が昔のままのピッチャーなら…
『捕ってみたい』と 思ってもらえましたか?」
「なら 投げてみる…?」
返ってきた答えは 予想外の言葉
「答えに…なってません」
「イエスかノーかの二択しか 無いわけじゃないでしょう?
それともキミは…」
断られることを望んでいるの?
そうかもしれない
まだ未練がましく あの場所に立ちたいと思う心が
とても重くて 愚かで
自分が 情けなくて
断ち切るきっかけがほしかったのかもしれない
…いや
ただ 他人のせいにして 逃げたかったのかもしれない
「君の求める答えは
たぶん 君自身が持っているはずだよ」
そういうと はずしていたミットをはめて
その人はホームベースの後ろに構えた
「友沢投手の決め球は スライダー… だったかな」
そういって 胸元より高めにボールが飛んできた
投げたい
素直に そう思った
今はもう懐かしい 高さ 距離 そして
握り方
昔のように 振りかぶって
昔のように 全力で
…一瞬 バッターボックスに懐かしい姿を見た気がした
ミットにボールの当たる音が響く
やはり あの日のように曲がらないスライダーは
俺の胸を射抜くように 思い知らせる
とたんに 涙が流れた
球を受けたその人は 静かに立ち上がって
少しずつ こっちに歩いてくる
でも俺は 顔を上げられない
「…さっきの答え」
「…」
「思ったよ 『捕ってみたい』って」
「…」
「神童さんのことも キミのことも」
「…」
「でもね 友沢」
もう目の前に来ていたその人と
涙でかすむ目に 視線が合った
「どこにいても たとえどんな状況にあっても
野球をしたいと思う気持ちに かわりは無いんだ
それともキミは ”野球”より”投手”が好きだったの…?」
「…っ」
そんなこと あるわけない
もしそうなら…
”野球”より”投手”を選んでいたなら
今ここに 俺はいない
部に出なかった間
ずっと考えていたじゃないか
俺は 野球が好きなんだ
「今の自分を高めるために 一番いい道を探そう?
それでも昔が恋しいなら…」
「すすむ…さん」
「もっと悩んで 思いっきり泣くといいよ
今みたいに」
そうだ 今の俺は 声もかすむくらいに
泣いてる
情けない… でも
貴方の前なら いいと思った
とても優しく微笑んでくれるから
何か 許されたような気がしていた
いつか 全て笑って思い出せる日が来るから
そう肩をたたかれて
しばらく 俺たちはそこに立っていた